殻にこもる

しばらくはゆっくり練習できそうです🍀


なーんて前回の記事で余裕かましてましたが、
実はこの1ヵ月のスケジュールがヤバイことにようやく気づき、ここ数日慌てて頑張り始めました。

ようやくメドがたったので、ブログも更新!


さて、今日は、なかなか開ききらない殻についてのお話。

私は以前(小学生くらい)はまさに殻にこもった人だったのですが…

殻に閉じこもるっていうと、なんだかあんまり良くないことのような気がしますよね。


特に舞台表現する上では、殻になんか閉じこもってないでどんどん前に出ていかなきゃダメ!と言われそうです。


まさにその通りなのですが。
で、殻になんかこもってちゃダメ!で外れればいいんだけど。

大体の場合は、必要があって殻にこもっている、と私は思うのです。

外側からの何かから身を守らなければならない環境にいるのか、
自分の身が傷つきやすいから固い殻でコーティングしているのか。

どちらにしても身を守るためにやっていること。

貝だって殻がなかったら、他の魚に食べられ放題ですね。

そこを食べられないように、必要があってしていること。
それを無理やりべりべり引き剥がしても、あまり良いことはない気がする。
ならば必要のあるうちは、堂々と殻にこもっていればいいんじゃないかな。
こもったままでも出来ることはたくさんあります。


で、そのうち、あ、これもう必要ないな、と思ったら、ぽろっと呆気なく取れちゃったりするものです。
それまでは、殻が取れないことを卑下せずその時の自分に出来ることをやっていれば良いのではないかな、と思います。

ただ、表現することを通して、殻を外すということが少しだけやりやすくなるかもしれない。

普通にしていたら絶対に開かなそうな殻を、だましだまし開けていけるかもしれない。

もしくはどかっと押されてパカッと開くかもしれない。


そして、これは殻が外れてからわかることですが、
殻にこもって出られない、という経験すら、
それは表現ということをする上で生きてくる、ひとつの大事な体験だったことに気づけるかもしれません。




いつも読んでいただきありがとうございます🍀


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