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ラベル(精神的なこと)が付いた投稿を表示しています

本番が近づいてくる心境

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まだまだ暑い毎日💦 でもその中に少しだけ秋の気配も感じられるようになってきました✨ ※写真はヴィーガンスイーツ盛り合わせ@浅草のモンキーマジック 秋が近づくということは? これが近づいてくるということです! こういった大きな本番が近づいてくると、だんだん吐きそうになってきて、夜も眠れなくなってきます。 ※ といいつつ昨晩もぐっすり寝ておりますのでご心配なく リサイタルはもう3回めなのに、何回やってもこの感覚は消えない🤣🤣 コロナの影響で誰も来てもらえないかも、と心配していましたが、お陰様でじわじわと埋まってきています。 本当に、ご予約いただく度に飛び上がりたいほど嬉しいのですが、必ず同時にチクリとしたものも感じています。 良い演奏にしたい、というプレッシャーです。 あの人も、この人も、来てくれるのだから、絶対に良い演奏にしたい!という欲望が、ご予約が入る度に日に日に強くなっていきます。 これが吐きそう、夜も眠れない、の正体です。 ※といいつつ吐いてもいないし夜も眠れているのでご心配なく でも、あんまり絶対に良い演奏に…!という欲望を持ちすぎるのも良くないんですね。 どんなに準備を重ねたところで、演奏はその瞬間のなまものだから、私たちは本番のその日になったらもう委ねることしかできない。 やること全部やったら、もうどんなことでも受け入れて、お任せするしかない。 でも、委ねることを決めた瞬間、肩の力が抜けてするすると自然に音楽が流れ出したりする。 この段階に入ってようやく、楽しくなってきます。 本番も単なるプレッシャーではなく、ワクワク感になってきます。 でもこの段階でやることやってなかったらもう悲惨。メンタルぼこぼこにやられます。 だから私は、このリサイタルのシリーズは2年に1回と決めています。 1年に1回とかでもできるのかもしれないけれど、 上に書いたような流れをひとつひとつクリアして、 やれることを全部やって、委ねきりたいからです。楽しみ尽くしたいからです。 10/25、きっと一番良い状態になっているはず。もうちょっと、もうちょっとです! 🍀チケット、Blu-rayまたはDVDをご希...

劣等感

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私の芸大4年間は、劣等感だらけの毎日でした。 音大の、特にピアノ科やヴァイオリン科の人って、親がピアノの先生とかで、子どもの頃からしっかり練習を積み重ねてきた人が多いんです。 一方私は、ピアノは5歳からやってはいましたが、ごく普通の家庭で、特にそこまでクラシックにたくさん親しむでもなく過ごしてきて、途中から突然音楽の道を目指し始めた人です。 当然、積み重ねには大きな差があって、それはもう、ちょっとやそっとでは埋まらない差でした。 芸大のピアノ科なんて行けるはずもなく、それでもなんとか楽理科に潜り込みました。 ※楽理科は音楽学(音楽の学問的な部分)を専門にする学科です。 楽理科に潜り込めたけど、私がやりたいのはピアノで、それなのにピアノ科に入れなかった、という劣等感をずーっと抱えていたのです。 ピアノが好き!でも、ピアノ科じゃないから…と。 でも、そのときある人から聞いたのが 「芸大のピアノ科の人ですら劣等感で満ちている。本当に弾ける人は最初から海外に行っちゃうのに、自分は海外に行けなかった、という劣等感を感じてる人は多い」 ということだったんです。 これはピアノ科の人本人から聞いたわけではないし、海外にも行けるけど敢えて芸大を選択した人だっていると思うので、一概には言えないと思うけど、 でもそれを聞いた時はすごくびっくりしたのを覚えています。 まさかまさか、あの憧れの芸大のピアノ科の人ですら劣等感を感じているなんて。 これではっきりとわかったのは、仮に私が芸大のピアノ科に入っていたとしても、同じように劣等感を感じていたんだろうな、ということ。 劣等感の連鎖はどこまでいっても続いてるのかもしれない。 もしかしたら、こんな劣等感まみれの私に対してすら、劣等感を感じている人がこの世のどこかにいるかもしれない。 そう思うと、少しふっきれたんです。 そして今、大学時代よりはずっとピアノが弾けるようになって、ある程度の自信はありますが、 それでも彼らに届いたとは思っていないし、劣等感が消えることはないです。 世界で華々しく活躍する同級生や後輩もいて、純粋に嬉しさと尊敬と、その後ろにはいつも劣等感があります。 でも以前と違うのは、劣等感に「飲まれていない」ということ。 ...

腐らないチーム

今水曜日の10時からやっている「ハケンの品格」。 10年位前にやっていたドラマの第2弾で、あまりドラマは見ないのですが、これはそのときから好きでした。 私は会社に務めたことがないので詳しくないですが、会社には正社員とは別に派遣社員がいて、数ヶ月ごとに契約更新していくので、立場的に弱く、福利厚生が守られていない。 そんな派遣さんの苦労を描きつつ、時給3000円のスーパー派遣である主人公が痛快に正社員どもをなぎ倒していくお話です。 多くの派遣さんは、契約更新してもらってまた数ヶ月仕事を失わずに済む、とほっとするのですが、 主人公のスーパー派遣、大前春子さんは一切契約更新しないと最初から宣言していて、3ヶ月ごとに職場を転々とする働き方をしています。 本当にこんな人いるのかよ笑 と思ってしまいますが、実際にいるかいないかは別として、 3ヶ月ごとに職場を転々とする働き方、めちゃくちゃきついだろうけど、ちょっと面白いな、と思ってしまいます。 終身雇用が当たり前だった遥か昔の時代は、一度会社に入ったら、一生その会社に骨をうずめるつもりで働いたそうですが、 これだけ変化の激しい時代、ずっと同じメンバーで、ずっと同じやり方で、ずっと同じことを惰性でするのは、誰がどう考えたってリスクがありすぎます。 ※惰性でなければありだと思います。ずっと同じメンバーだからこその阿吽の呼吸とかもあるし。でも、それって実際はけっこう難しくて、大抵は誰かが我慢している→だんだん惰性になっていくことが多い。 3ヶ月ごとに新しい世界に投げ出されるのは、大変過ぎて現実的じゃないかもしれないけれど、きっとものすごく世界が広がるんだろうな。 私は実際そこまではやりたくないけど、せめて、自分が所属する団体の中で新鮮な気持ちでいるためにも、 たまには新しい場所に自分を投げ出してみるというのも大事だなと思います。 youtubeページはこちら プロフィール、レッスン情報はこちら

リサイタルの不安

以前こんな記事を書いていたみたい。 「不安との付き合い方」 本当に不安がゼロになることはないですね。 リサイタルを開催する!と決めた瞬間から、練習に迷いがなくなった一方で、常に不安がどこかにあります。 それは、うまく弾けるかなという不安ではなくて、 この状況下でどれだけのことができるんだろう? やること山積みだけど、これ本当に全部できるの? という不安です。 ここからは愚痴。 ~~~~~~~~~~~~~ 今回、会場にお越しいただく他に、動画配信やBlu-ray販売を行うのですが、 私自身初めての試みなので、まず基本的なやり方からひとつひとつ調べることから始めている状態です。 お客さんがどの選択肢をとっても迷うことのないように、できるだけ詳しいやり方をチラシに書き込んでいるのですが、、 知らぬ間に、使う予定だった動画配信サイトの設定が変わってて、使えなくなってしまって… こっちはもう詳しいやり方を何度も精査して文章にしてチラシの文面に起こしたんじゃああああああああああああああああああああ! 今さら変えるとは何事じゃああああああああ! ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ と泣き叫びたいところですが、とにかく新しい媒体を探すところから始めてゼロからやり直しましたよ。 もう少し。あともう少しで正式にお知らせできそうです。 で、本題は不安との付き合い方でしたね。もう不安を通り越してイライラしていますが笑 まず、この状況下でどれだけのことができるのか。 これはもうやってみないとわからないので、できることは全てやって、どんな結果が来ようとも受け入れる準備をしておきたいと思います。 私たちは今、「今まではこうだったから」が一切通用しない世界にいます。 今まで聴いていただいていたお客様に、ぴたっと聴いていただけなくなるかもしれない。 逆に、以前では考えられないくらい多くの方に聴いて頂けるかもしれない。 これは予測不可能で、もう蓋を開けてみないとわからないんです。 ただ不安の正体は、「これだけ苦労して作りあげたのに誰も聴いてくれなかったらどうしよう」です。 あまり考えたくないことではあるけど、目をそらさずにそ...

瞑想の大切さ

以前 こちら の記事を書きましたが、 肉体重視型と精神重視型、 人によって身体の感じ方は様々で、このときは迷いもあったのですが、 やっぱり身体と向き合うにあたって、精神面ってものすごく、ものすごく大事だな、と思います。 イメージしたものが身体の質を決定するというか。 あくまで私の中で、なので、すべての人には当てはまらないと思いますが。 ヨガするときも、 ただ筋トレやストレッチするというよりも、 例えば海をイメージしたり、土のイメージ、雨のイメージ、川のイメージ、太陽の光のイメージなど、 そのときによってどんなイメージでも良いと思いますが、 そのイメージを自分の身体の感覚に含めるというか、 そこに瞑想することで、よりポーズが心地よく感じられたりします。 きつい体勢で止まっていても、身体の流れは止まらないんです。 それこそ、川が流れるように。 雨が地面に染み込んで巡るように。 これって音楽演奏するときもそのまま同じだと思うんですけど、 例えば海をイメージした音型、雨をイメージした音型とかありますけど、 そういう音型を弾くときはそうゆうものをイメージして弾きますよね。 ただ単に動作だけを意識するわけじゃない。 そして、イメージがある方が、ただ単に動作だけ意識したときよりも、滑らかになる。 ※動作がまだできてないときは逆に崩壊しちゃうけどね! 精神が身体に与える影響は、言葉にするにはあまりにも微細過ぎるんだけど、 それがないと本当の意味で目的が果たせないよね、という話でした。 youtubeページはこちら プロフィール、レッスン情報はこちら

コロナを乗り切る2つの力

梅雨らしいじめじめが続いていますね☔ 私は嫌いじゃないですが。 コロナウイルスは全然落ち着いていませんが、ほぼ日常が戻ってきています。 ただ、戻ったとはいえ、明らかにコロナ前とは何かが違っています。 何がどう違うのか、というと言葉にしにくいし、 それぞれの立場によって変わり具合も違うと思うので一概には言えませんが…。 社会全体が、まだ恐れを感じながら動いている感じ。 自粛ムードはまだあって、遠慮が蔓延している感じ。 仕事に行くにも、遊びに行くにも、少しの申し訳なさをどこかに感じながら動いていますよね。 仕方がないといえば仕方がないですが、動くと決めた以上は開き直って(※対策はするよ)思いっきり楽しみたいものです。 ところで、少なくとも私はコロナ以降大きく生活が変わってしまいました。 もともとお仕事の大半が合唱関係だったので、、 まず合唱のイベント自体、数年はできないかも。 本番がない上に練習も、人数を減らしてマスクをして、なんとなくみんな遠慮がちに歌う感じで、それでなんとか再開している状態。 歌うということは本来自分を解放することなのに、遠慮がはさまるとどうも難しいです。 これも本来の形に戻るまでには数年かかるかも。 毎年楽しみにしている数多くの合唱イベントが全て中止になり、それにともなって、本番前にしかお会いできない団体は練習もキャンセルになってしまうケースもあり、 お金が入ってこないこと以上に、 単純に寂しい! 自主開催のコンサートも、やってできないことはありませんが、以前のように気軽に開催することはできません。 いわゆるお客さんに来ていただくような通常の形のコンサートは、まだまだ抵抗を感じる方も多いと思います。 常連のお客様にお会いできなくて寂しい😣 音楽というのは不要不急なものなんだと、コロナを通じて痛いほど実感させられている、というのが現状です。 本当に、音楽家にとっては苦しい時代がやってきてしまいました。 金銭面ももちろんですが、私の場合は精神面の方が大きいです。 自分は絶対的に音楽の持つ力を信じているのに、まざまざと不要不急であることを見せつけられているんだから。 ただそれでも、練習...

いいことがありそう!

ここ最近なんだかだるくて、気分も良くなくて…という日が続いていました。 立て続けに本番の予定がなくなり、今年はほぼ全ての本番がなくなりそうです。 ※ リサイタルはやるつもりだよ! 目標が例年に比べて極端に少ない日々が続くことが確定していて、なんだかな~…、という気持ちで過ごしていました。 夜も遅くなりがちになったり。 だるさはそもそも気持ちの問題からきているんだとわかっていても、なかなか自分では修正できず… でも今朝ふと起きたときに気づいてしまったんですね。 あ~今日も1日始まった、めんどくさ って思っていることに!! 1日の始まりに「今日も1日めんどくさい」と思ってたらそりゃだるくもなりますよね。 それで試しに、 今日はいいことがありそう! すっごく、いいことがありそう! って思い込んでみたんですが、 気分良くなりました笑 思ったのですが、 今日も1日めんどくさいな、嫌だなって最初に思うと、 脳はめんどくさくて嫌なことをメインに探し始める気がする。 洗濯しててもめんどくさい、掃除しててもめんどくさい、練習しててもめんどくさい。 めんどくさいなーもう嫌だなーで満たされる。 でもいいことがありそう!って最初に思っていると、 ちょっとそよ風が吹いただけでも気持ちいい~ってなるし、 ちょっとしたことを脳ミソが勝手に「いいこと」の範疇に加えている気がする。 ほらね、やっぱりいいことあったでしょ、ってね。 朝のちょっとした「思い込み」で、結構1日が変わるのかもしれません。 1日が変われば、次の日もその次の日も変わるわけだから、わりと人生変わるよね。こんなにちょっとしたことで!   youtubeページはこちら オンラインレッスンをご希望の方はこちら プロフィール、レッスン情報はこちら

年相応の表現方法

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この間作ったしそジュースがおいしすぎます。 さて、最近コロナで仕事が少ないので、テレビを見る機会が多いのですが、 40~50代のタレントさんが、 まだ自分が20代のつもりなのかな?っていう表現の仕方をしていて違和感を感じることがあります。 その人は昔そうゆう表現の仕方をしていて面白かった記憶があるのですが、 今は全く面白くなくてつまらないだけ。 これが仮に若いタレントさんが同じことをやれば、面白いと受け入れられるんですが、 それなりの年の人がやると、イタさだけが残る。昔はそれで面白かったのに! それとは対照的に、ある程度の年齢に達してからはおふざけはほとんどやらず、 オーラや威厳を持って、規格範囲を越えずにうまくやっている人はすんなり受け入れられる気がする。 年齢によってこうも受け取られ方が違うとは… 若いうちって、がむしゃらに何をやってもいいけど、 ある程度の年齢の人はもう十分経験を積んで、知名度もあるわけだから、 変にインパクトに残ることや目立とうとすることに手を出さないで、大きく構えていた方がいいのかも…と思いました。 私もまだ20代に片足残したような30代ですが、その都度自分に一番見合った表現方法を模索していきたいな…! Youtubeページはこちら オンラインレッスンをご希望の方はこちら プロフィール、レッスン情報はこちら

マイルールを決める

こんなに毎日自由な時間が多いのは、学生以来かなぁ。 やることが決まっていないというか、 いつまでにこれをやらなきゃいけない、という期限がないので、 怠けようと思えばどれだけでも怠けられてしまう。 自由っていうと聞こえはいいけど、自由な時間を本当に使いこなすのは意外と難易度が高いです。 こんなときに良いのが、 マイルールを決めること 例えば、 ・毎日運動する、と決める ・毎日練習する、と決める ・いつまでに、なんの曲を、どれくらいできるようになるか、決める などなど。 私は練習やストレッチは元々毎日欠かしませんが、 自粛期間中は新たに ✨ブログを毎日更新すること✨ を決めています。 ✨少しでも勉強すること✨ も決めています。ヨガとか、音楽理論とか。 たまにサボりますが…笑 それでも、決めているとやろう、となります。 10月のリサイタルも、1ヵ月単位で目標の進度を決めて、気を緩めすぎずに準備を進めています。 一応決めておくと、今遅れてるな、とか今は余裕があるからあまり詰めすぎなくても大丈夫だな、とかわかりますよね。 皆さんも是非!試してみてください🍀 youtubeページはこちら オンラインレッスンをご希望の方はこちら プロフィール、レッスン情報はこちら

それでも人は変われる

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前回 の続きです。 私は、小学生の頃は人見知りで、誰とも一言も喋らない子でした。 誰とも。一言も。 はい、いいえで答えられる質問は首をふって対応していて、 それで答えられない質問は、答えられなくて困ってますって空気を出していました。 表情も暗くて、いかに日頃から顔面の筋肉が全く動いてないかということを物語るような顔面でした。 これは小学生の時の話なので、元々の性格に加えて家庭環境の影響はかなりあったかな、と思います。 で、こんな自分に基本的に自信なんて持てないわけですよね。 そんな中、学校でピアノを弾いたら、ものすごく皆褒めてくれて、 すごく嬉しかったので、音楽家になることにしました。 ただし、根底にあるのは、自信のなさ。 中学生になると、勉強やピアノに対して完璧であることを自分に課すようになりました。 そうすることで自分の価値を保とうとしたんですね。 なので、ちょっとできないと、もう自分はダメだ…とやたら自分を責める人になってしまったので、かなり辛かったですが、勉強の成果は出て、第一希望の高校に行くことができました。 でも芸術ってそんなに単純なものじゃなくて、こんながむしゃらなやり方だと演奏に関してははそこまで急成長することはできず、そこそこだったので、早々に藝大のピアノ科は諦め、楽理科を目指していました。勉強頑張ってたのはそのためです。 高校に入ってもしばらくは完璧主義を貫いて、いつも死にかけていましたが、2年生でゆる~いクラスに当たってからうまくサボることを覚えて、ようやく人として最低限度の文化的な生活が送れるようになりました。 そして無事藝大に合格しました。 ピアノ科には入れなくても、私がやりたかったことはいつもピアノを弾くことで一貫していました。 一貫はしていたのですが、周りの人があまりにも素晴らしすぎるので、私はピアノの演奏をやっていきたいんだ!と堂々と公言することはありませんでした。 かといってやりたいことはピアノなので、楽理の勉強も微妙でした。 ということで周りに翻弄されたまま、中途半端なところをうろうろし続け、なんとなく今自分が出来ていないことから目をそらし、根本的な解決策を見いだせないまま、大学生活終了。 思えば色々と難しい...

変わることへの抵抗

人は元来、変わることを嫌がる生き物だと思います。 変わるというのは、 それも根本的に変わる、というのは、とても大変なことで、 今だって十分うまくいっている状態で、 別に変わらなくたって、少なくとも命を落とすような状況にはならないですよね。 大多数の場合。 多くの人は、そんな中わざわざ変わる方を選択しないんですね。 最近、私も変わることへの抵抗を感じるちょっとした出来事がありました。 こちらの記事 でも書きましたが、 今やっているコアヨガというヨガが少し辛かったんですね。 それまでは、ピアノを弾くから、腕まわりを変に鍛えないように、腕の余分なエネルギーを使わないようにしていたのです。 でも、腕だけで全体重を支えるポーズがあったりして、 それはひどい筋肉痛になり、 思うようにピアノが弾けなくなるほど。 やっぱり腕に負荷をかけすぎるのはよくないよね~と思い中断しようとしかけたのですが、 無理せず緩やかに続けていたら、そこまでの筋肉痛はもう来なくなり、逆に腕のエネルギーの通りがとってもよくなったんです。 ピアノも、今は弾きやすい。 むしろ、アクロバティックな動きのときは前より弾きやすくなっている。   これが変わる、ということ。 いったんバランスが崩れるんですよね。  ただ、バランスが崩れることはリスクも伴うから、なかなか変わることを選択できなかったりします。 今はバランスを崩せないタイミング、っていうこともありますから、 変わらないことを選択しても、それは全然間違いではないのですが。 でも、本当に変わりたいと思ったら、だましだましでも少しずつでも、自分を変えることはできると思います。 次回はそのお話🔜 youtubeページはこちら オンラインレッスンをご希望の方はこちら プロフィール、レッスン情報はこちら

ものの見方の磨き方②

前回 に続き、ものの見方の磨き方について。 前回の、色々な視点を持つ、視点のヴァリエーションを増やす、というのは、 とりあえず自分にとって新しいことをすれば、すぐに見えてきます。 新しい挑戦をすること自体は大変なことですが、やりさえすれば良いわけで、そうゆう意味ではとっつきやすいかもしれません。 でも今日お話しするもうひとつ 深い視点を持つこと 色々やってみる、ではなく、ひとつのことを突き詰めていく方向性です。 これはとても大事なことで、ものの見方を磨く、といったら、むしろ、こちらの方がメインになるのではないかと思います。 これがないと、前回の記事のように色々な視点を持ってみようと思ったところで、見え方が浅くなってしまいかねません。 ただ、難易度はこちらの方が高いです。 ポイントは、メインの分野をひとつに絞りこむこと。 それを絶対毎日やること。 師匠を持つこと。 年月を重ねること。 文字にするとたったこれだけのことですが、これがなかなかできないことですよね。 私の場合それはピアノ。 声楽もヨガも、ピアノを助ける存在です。 これだけピアノを続けていると、普通にしていたらさほど気づかないような、些細な体の変化が、ピアノを通じて感知できるようになります。 ピアノを通じて、生徒さんや共演者のちょっとした特徴なども見えるようになり、 ピアノが他の何よりも優れたセンサーのようになっているのがわかります。 そのセンサーをメインに搭載した上で、新しい挑戦をしたら、視点の広がり方が全然違うのは言うまでもないですよね。 ただ、さっきも言ったように難易度が高いです。 長く続けていると挫折しそうにもなりますし、 良い師匠に出会っていればそれも乗り越えられるのですが、 良い師匠との出会いは、探せば絶対に見つかるというものでもなく、ご縁なので… 毎日続けるにしても、師匠を探すにしても、 諦めずに続けられる持続力と根気が必要です。 深い視点を持つ 色々な視点を持つ 自分のできそうなことから始めてみてください🍀 Youtubeページはこちら オンラインレッスンをご希望の方はこちら プロフィール、レ...

ものの見方の磨き方①

前回の記事 で、芸術家は視点を売る職業、といいましたが、 視点を売るためには、視点を、ものの見方を磨かなければなりません。 今日はそのひとつめ。 色々な視点をもつこと。 視点のヴァリエーションを増やす、ということですね。 同じものを見るのでも、人によって、立場によって、見え方は違う。 私たちはどうしても自分以外の視点を持つ、というのが苦手な生き物で、 これはかなり意識していないと身につかないものだと思います。 一番手っ取り早いのは、とにかく何でもやってみることだと思う。 本やネットで見聞きしたものは、そのままでは単なる知識や情報に過ぎなくて、机上の空論です。 やってみないと見えないことって、本っっっ当に多い。 私もピアノリサイタルを初めてやる前と後では、それまで見えてなかった多くのことが見えました。 初リサイタルは、会自体の成功失敗よりも、 自分が今まで何が意識できていなかったのかがわかった、ということが一番の収穫だったんです。 ブログを毎日更新するのだって、 そんなことして何になるの?と言われればそれまでだけど、 これも実際にやってみないと、その大変さも恩恵も知ることはできません。 人前で喋ることが最初は苦手だったけど、実際に何度もやってみると、気を付けた方がいいことと、気にしなくていいことがわかったり。 実際に人前に立ってみるとね、お客さんってものすごくポーカーフェイスに見えるんだよね。 これは本当に実際に立ってみないとわからない。 そのポーカーフェイスに焦りを感じて、それが苦手意識に繋がったり。 その発見も、実際にやってみることなしにはありえない。 絶対無理、と思うような挑戦であればあるほど、その発見は大きいです。 一つ新しいことに挑戦すれば、その分視点が増える、と言えます。 次回に続く🔜 Youtubeページはこちら オンラインレッスンをご希望の方はこちら プロフィール、レッスン情報はこちら

私の視点で世界を見る

未だに2月24日のピアノ&ヴァイオリンデュオコンサートの反響をいただくことがあり、本当に感謝感謝です。 私は音楽の道を目指し始めたのは小6の頃なのですが、 その頃から、音楽で何をしたいのか、人にどんなことを感じてもらいたいか、うっすら考えていたような気がします。 私は、芸術家は 視点を売る職業 だと思います。 大多数の人の立ち位置からは見えない、 芸術家という独特な環境にいるからこそ見えることを、共有するのがお仕事なのでは、と思います。 ただ、音楽の道を目指す上で、音大を受験するために必要なことや、コンクールで認められるのに必要なことというのがあって、それは避けて通れない道です。 音大受験は確かな知識とテクニックが必要ですが、 コンクールだと、たくさんの人たちの中で抜きん出るためのインパクトや瞬発力がいります。 でも、私はインパクトや瞬発力といった能力はあまりなくて、 それなのにある程度のお仕事はさせていただいていた。 私よりも能力がある人はたくさんにいたのに。 芸術家の仕事ってなんだろう? テクニックを競うこと?インパクト? 実はこれは数ある能力のうちのひとつに過ぎなくて、 実際の仕事現場ではもっと多種多様な能力が求められているんじゃないか。 その多種多様に対応できる柔軟性があったから仕事をいただけていたのかもしれない、と思います。 多種多様、と一言で言ってしまうのは簡単ですが、 それぞれの現場が多種多様というのはもちろん、同じ現場でも1回1回全てが違い、それを的確に見定めて判断していくことだと思います。 なので、自ずと視点が独特になっていきます。 普通の人には見えないことが見通せたり、 人と一味違う視点が身に付いたり。 芸術家というのは、 この、人と一味違う「視点」を売っているのではないかな?  何を、どんな視点でみて、そこから何を感じるか どうして、テクニックやインパクトがものすごく抜きん出ているわけでもない、私の演奏を好んで聴いてくれる人がいるのか。 それは、私がどう聴こえるか、私がどう感じたか、 そんな私の世界の見方に興味を持っていただいているから。 ならば私たちは、テクニックや知識だけでなく、ものの見方を磨かなき...

人の役に立つこと

コロナで何もすることがなくて、思ったことがあります。 今まで、色々な合唱団に行ってピアノ弾いたり、色々な場所で色々な形で教えたり… こういったことが、自分でも知らない間に、どれだけ私を支えてくれていたか。 人の役に立てる、というのは実は自分が一番救われるのかも… 自粛期間が始まって間もなくの頃、一番きつかったことは、誰の役にも立てなかったこと。 もちろん緊急事態中は、家にいることが一番世の中を救い、人の役に立つことになるんだってことはわかっていますが、そうゆう話ではなく。 あ、私は誰の役にも立ってない、私は必要ない人間だ、という思いに飲み込まれそうな瞬間が、3秒くらいはあった気がします。 3秒かい! でも、オンラインでレッスンしたり、オンラインレッスンできない団体には音取りCDを制作して送ったり なんだかんだ働き始めてみると、人のために動けることが、いかに生気を取り戻させてくれるのかがわかりました。 もちろんこれもバランスなんでしょうけどね…。今コロナの影響で、普段より忙しくて大変な人は、きっと休みたいと思うし。 でもまた仕事が再開しても、こうやってコロナ期間中に思ったことは、せめて忘れるまでは覚えておこうと思います😄 Youtubeページはこちら オンラインレッスンをご希望の方はこちら プロフィール、レッスン情報はこちら

成長できる人と、なかなか成長できない人は何が違うんだろう?

自分を肯定的に、かつ批判的に見る これは練習をするときも、レッスンを受けるときも、何かしら人間関係を築くときも、 あらゆる場面で応用がきく鉄則だと思います。 自分を批判的に見ながら、それでも自分を肯定しているということ。 自分を 批判的 に見ることと 否定的 にみることを混同しない、ということです。 批判は、客観的に見て、自分に足りないものに対する指摘だと思います。 なので、自分を批判的に見ることなしには、発展や成長はありえない。 自分が今できていないこと、それができるようにするには何をすれば良いか、ということを真摯に受け止めて、考えていきます。 でも、いざ自分のできなさを実感したとき、それを冷静に受け止められず、自分を 否定 する方向に行ってしまったりしませんか? または、こういったことを人に指摘されたりしたとき、それを 否定 と捉えたりしていませんか? 言ってきた人はもしかしたら本当に否定してきたのかもしれないし、単にひとつの案を示してくれたのかもしれない。 それはわかりませんが、もし勝手に 否定 と捉えてしまっているのだとしたら、 否定ではなく、ただの案として捉えてみたら何か変わりませんか? または、失敗して人に迷惑をかけたとき。 もちろん謝るのですが、 迷惑かけてしまって申し訳なかった、ということの他に、自分はなんてダメな人間なんだ…っていうの入ってませんか? 迷惑をかけて相手に対して申し訳ない、というのと自分がダメな人間である、ということは基本的には関係ない。 相手に対して誠心誠意謝ったとしても、わざわざ同時に自分を否定する必要はない。 もちろん直さなきゃいけないところは直さなきゃいけないけれど、これもやっぱり自分を否定することとは関係ない。 このように批判と否定を混同している内は、 辛くなってしまうから、自分を批判的に見ることができません。 でもそれだと発展はない! なので、人に言われたことや批判やアドバイス等を、自分がダメだからこんなこと言われるんだ…ではなく、ただの事実として捉えてみてください。 そして、パズルゲームでも解いて遊ぶような感覚で、実行してみる。 というのも、できないことやダメなことというのは、どこまでいっても...

今までやっていたことの代わりをオンラインでやるの?

オンラインという手段を身につけることができたのは、このコロナ渦での大きな収穫かもしれません。 もともとは遠隔レッスンなんて…という考えだったんですけどね。 でも、コロナが落ち着くまでは、何かしようと思ったら嫌でもオンラインくらいしか方法がありません。 まだオンラインでのライブやコンサートは、自分でやる気にはなりませんが… ちょっとした配信ならできるかも✨近々チャレンジしてみます✨ ただ…ひとつ感じることがあります。 レッスンでもライブでも、 いつもやっていることを全部オンラインで実現しようとすると、辛くなってくるなぁ、と。 だってそもそも、いつもやっていることを全部オンラインでまかなうことなんて絶対に出来ないんです。 対面でしか出来ないことがある。 私の自主企画コンサートだって、開催する一番のモチベーションは、やっぱりあの独特な「空気」をお客さんと共有したいから。 でも、今空気を共有したらもれなくコロナも共有しちゃいますし、 空気はオンラインでは共有できません。 困っちゃうよね。 だからってオンラインでコンサートしようと思っても、なんか違うしきっと別物になってしまう。 こんな感じで、オンラインでオフラインの代わりをしようと思うと、足りない面や不便な面ばかりが気になるけれど、 最初から別のものと捉えて、全く新しいことをする、と考えれば、わくわくしてきますよね。 レッスンでは、オンラインならではのメリットを探したり、オンラインでしか出来ない方法を試してみたり、 ライブやコンサート配信も、いつものようなじっくりと空気を共有するものではなく、お客さんの生活の中に入って寄り添うような内容にする。というか自然とそうなっていくのかな。 なので、リサイタルはオンラインでは出来ないと思います。 でも、リサイタルの映像作品くらいなら作れるかも!10月も開催できるかわからないから、色々な選択肢を考えておこうと思います。 こんな感じで、今までやっていたことを再現するのではなく(それじゃ劣化するだけに決まってるから)、全く新しいものと考えてゼロから作ってみるつもりで、挑戦していこうと思います🔥 オンラインレッスンをご希望の方はこちら プロフィール、レッスン情報はこちら

前者後者

以前ネットで見つけた前者後者論。 少し前によくテレビに出ていた、心屋仁之助さんが提唱した考え方らしいです。 人は皆、前者か後者どちらかのタイプに分かれる、というお話なのですが、 とても興味深い内容だったのでシェア✨ 提唱者ご本人よりも、私が読んでいて一番分かりやすかった方(お弟子さんかな?)の記事のリンクを貼らせていただきます🍀 向江好美さんの記事 読んだ?記事がたくさんあるけど是非読んでみてね! ちなみに私は後者ですが、これを読むと、あのとき意味不明なこと言っていたあの人や、全然私のことを理解してもらえなかったあの人は、実は前者さんで、こうゆうことを考えていたからだったんだな~というのがよくわかります。 そして向こうも同じように私のこと意味不明だと思っていたんだろうな。 前者さんだから仲良くなれないわけではないですよ。私の夫も前者ですから! でも、ちょっとした感覚の違いですれ違いが起こってしまうんだなぁ。 で、これを音楽で考えてみると、 もちろん音楽家にも前者さんや後者さんがいると思うのですが、 なんとなく、のイメージですが、 前者さんは、バレーボールとか野球のように、チームプレーで周りが全部視野に入っているようなイメージ。 オケや合唱のように、大規模な人数で全体を把握しながら、その中で自分の立ち位置を見極めていく。全体を察して臨機応変に自分を変えていく。 アンサンブルやオケや合唱が強そう✨ 後者は、周り全体がどうか、ということよりも、まず最初に自分の感覚に意識がいくので、やっぱりソロなのかな。 もちろん、前者だろうが後者だろうが、訓練次第でどうにでもなりますけどね。 でも不器用な後者さんは、音楽界でも色々と苦労すると思います。 そこで後者である私が普段どんなことに気をつけているかというと… ・録音や録画練習 自分が客観的にどう見えるかを意識する練習。私は普段から録画練習取り入れてます。 レッスンも必ず録音! ・え~…と思ってもとにかくやってみる 大体慣れていないやり方や新しいパターンには否定的になることが多いのですが、実はそれを越えると最終的には新しい世界が広がった!というケースの方が多いです。まずとにかくやってみる。 ・まず大枠、全体像をつかむ 音...

一隅を照らす

コロナが流行る前からぼんやりと思っていたことがあります。 音楽家って、 有名になったり、 すごい人と共演したり、 大きな所で演奏したり、 たくさんのお客さんに聴いてもらったり そうゆうことをしてこそ、ですよね。 音楽家に限らず、フリーランスのお仕事はそうですよね。むしろそうじゃないと仕事として成り立たない。 だから私も多少はそうゆうことを意識してやっているのですが、 それって皆も同じこと考えてる上に、 有名になり成功を納めるのは一握りで、全員がなれるわけではない。 私は、大成功を納めているとも、成功していないともいえない微妙な立ち位置にいますが、 その競争に積極的に参加してまで、さらに有名になったり成功したいと思えるほどのモチベーションがどうしてもわかなくて… それはきっと、今のままで十分生活も成り立っているし、いいペースで音楽と関われているからなんだと思います。 その上、これ以上なにを望むというのか? でも、名をあげてこそ!な空気にたまに引っ張られて、あ、何かしなきゃ、とも思う。 ただきっと、こうやって2つの思いの間で引っ張られていることは正解で、両方が私にとっては必要なことなんだと思います。 なので今まで通りの努力を続けた上で、 ひとつ言えるのは、有名になったり成功したりするかどうかというのは、自分では決められないということ。 有名になりたくてもなれないかもしれないし、 有名になんてなりたくないのになってしまうかもしれない。 関わる人の人数や規模は、自分で決めることではなく、与えられるものだと思うのです。 私がするべきことは、その与えられたものを精一杯やること。 「一隅を照らす」です。 最澄の言葉らしいですね。 どっちにしても人間1人ができることは限られているのだから、無理をせず、自分ができる範囲のこと、一隅だけをちゃんと照らす。 自分の身の回りの数人だけでもいいし、なんなら自分1人だけでもいいから(最も身近な一隅!)、少しでも良い状態にする。 小さなことですが、そんな私の姿を見てもし10人がそれを真似してくれたら、 そしてその10人を見てさらに別の人が真似してくれたら、 芋づる式に良いエネルギーが増えていくわけで。 小さなことですが、自分の...

2回同じプログラムで演奏することの難しさ

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2回同じプログラムで本番を迎えることの難しさをこの夏感じたので、ここで共有しておこうと思います。 今回は特に1回目がそこそこ良い形で終えられた場合、です。 まず、音楽を作っていく上で、その曲の世界ではどんな天気なのか、暑いのか寒いのか、朝なのか夜なのか、乾いているのか湿っているのか、一人なのか大勢なのか、など、細かい背景や設定まで考えてみると良いという話は前の記事にも書きましたが、 1回目の本番ではそういったことが新鮮に感じられても、 2回目を迎えるにあたって慣れや飽きが出てしまい、薄らいでしまうことがあります。 それから、これは特に真面目な性格の人の場合かもしれませんが、2回目なので、1回目でできなかったことを克服し、完璧を目指そうとします。 完璧を目指すこと自体は悪いことではないんだけど、イメージや設定が薄らいでいる状態がセットになっているのが落とし穴。 表面的な技術を、力業でどうにかして完璧を目指そうとすると、思っているのとは逆方向に行ってしまいます。 イメージや設定に身を委ねることを忘れて、作為的に良い演奏を「しにいっちゃう」んですね。 その結果、力みが生じて、全体的にぎこちなく、つまらない感じになってしまいます。 この辺りが2回同じプログラムを演奏する上で、私自身がつまずいてしまった部分です。 そして、以下、実際にやった対処法。 そもそも、本番は練習通りになんて行きません。練習の積み重ねは大事だけど、本番はその日その時の一本勝負なので、そこで身体の内側(≒心)が動いていることが大事なんです。 貯金はできません。だから、その日その時を信じきって、その時の空気に、身体に、感覚に、力を抜いて委ねるしかないです。 身を委ねる一番の手助けになるのは、やっぱりイメージや設定。今一度、思い返してみましょう。ただ頭で思うだけではなく、肌感覚として、生々しく想像できるように。 そして実際音だしするときは、1回目の本番の時よりも、むしろ今までで一番新鮮に、身体から湧き出でてくるのを感じて。 湧き出させるのではなく、湧き出てくるんですよ。 少しでも飽きを感じたら、一度距離を置いて、新鮮に湧き出てくる感じ、演奏したくてたまらなくなってくる所まで、待ってみる。 待っても出てこなかったら、本を読んだり...