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6月, 2017の投稿を表示しています

なるほどクラシック講座、終了!

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昨日、亀戸ふれあいセンターでの「なるほど!クラシック講座」が終了しました!

例により写真を撮り忘れる…


お話多めのコンサートみたいな感じで、
7月8日に一緒にコンサートをするヴァイオリニストの早川愛美さんと演奏しました。

ピアノやヴァイオリンの楽器紹介と、クラシックの時代区分(バロック、古典、ロマン)についてお話。

それから各時代の有名曲を演奏しました。

お客さまがとっても温かい方ばかりで、
お話も演奏もすごくやりやすく、
私自身がとても楽しめました!

私の演奏でこんなに喜んでくださる方たちがいることが、
どれだけ私の力になっていることだろう(;_;)
本当に感謝です❤

こちらでは定期的に講座を持たせていただく予定なので、その都度またお知らせしたいと思います♪


昨日は7月8日の曲目もいくつかやらせていただきましたが、

もうね、この日は一人でも多くの方に来ていただきたいです。

もう知ってることだけど、あみちゃんのヴァイオリン、いい(;_;)✨
昨日も本当に豊かな時間を過ごさせていただきました。

この豊かさを一人でも多くの方に一緒に感じていただきたいです✨✨✨


前半の部は満席となりましたが、増席可能です。
後半の部はまだ余裕があります!

これを読んでいるあなたに!是非来てほしいです(*^^*)

お問い合わせは
yuiiwasakiconcert@yahoo.co.jp
まて♪







チャールダーシュ~7月8日コンサートから

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7月8日 ピアノとヴァイオリンによるサロンコンサートから

今日はチャールダーシュという曲をご紹介したいと思います!

この曲の作曲者は、イタリア人のモンティさん。
残念ながらモンティの作品はこのチャールダーシュ以外に特に有名なものはないのですが、

チャールダーシュはヴァイオリンのレパートリーの定番中の定番!
曲が終わった直後にワッと拍手したくなるような盛り上がりです!

チャールダーシュというのはハンガリー音楽の一種で、
特徴としては遅い部分と速い部分に分かれています。

遅い部分は哀愁たっぷりに歌い上げるような感じ。速い部分の快速感との対比が光ります✨

ヴァイオリンの早川愛美ちゃんは、短期でハンガリーで学んだ経験もあり、哀愁たっぷりの土臭い表現もとっても上手!

どうぞご期待ください♪


コンサートのお問い合わせは
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まで♪

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後半の部はまだ余裕があります!


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愛の挨拶~7月8日コンサートから

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7月8日 ピアノとヴァイオリンによるサロンコンサートから


今日は「愛の挨拶」という曲をご紹介したいと思います!

イギリスの作曲家エドワード・エルガーにより作曲されました。
エルガーが結婚前の恋人に捧げた曲です。
とっても気分の良くなる、幸せに満ちた曲。

聞き所はもちろん、ヴァイオリンで奏でられるあの有名なメロディ!

ですが、ピアノパート担当の私からのイチオシは、

ピアノがずーっと刻んでいるシンコペーションのリズム。

シンコペーションとは
「スカート」という言葉と同じ感じの
「たたーた」というリズム。
2個めの「た」が長くてアクセントが来るリズムです。

最初の「た」が休符でおやすみなので、

んったーた♪
んったーた♪
んったーた♪
んったーた♪

このリズムがずっとピアノパートで刻まれます。
ちょっとウキウキしてくるリズムです♪

でも、ただウッキウキのルンルンなのではなくて、
そこにすこーし重みや深みがあったりします。

その上に、あの有名なメロディ♪


幸せいっぱいに演奏したいと思います♪


前半は満席となりましたが増席可能です。
後半はまだ余裕があります。


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自分の姿は自分では見えない

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演奏中、
自分の姿が見えたらなー

とよく思います。



意外と変な動きしてても気づいてないこととか
たくさんありますからね。

鏡を使うっていう手もあるし、よくやりますが、
鏡を見ている時点でもう普段の状態と違うので、なかなか難しい。

録画もよくするけど、実際に目の前で行われていることと画面の中とではやっぱりギャップがある。

結局自分の姿って見られないんですよね。



少し離れた所から自分の演奏を聴いてみたいなー

とも思います。

音も同じで、弾きながら近くで聴いてる音と
遠くで何もせず集中して聴いている音はかなり違うので、

でもそれを知るために録音しても、録音された音はやっぱり実際に鳴る音とは違う。


結局のところ、自分の姿も、自分の音も、100%捉えるということはできないんですね。

他人のことはよくわかるのに、自分のことになると途端にわからないのはこのせい。


けど、少しでも自分の中のイメージと、実際にどう見えているか聴こえているかが一致することを目指して練習していくことが大事だな、と思います。

そうゆう意識を持つだけでもだいぶ違うと思う。


例えばここはたっぷりって言われたとき
自分はこれでもかなりたっぷりやってるつもりなのになぁ

と思ったら、それは自分の中のイメージと実際が一致していないということ。
誰にでもここにギャップはあるものですが、プロであればあるほどこのギャップを縮めることに成功しているように思います。





7月8日はこちら!
精一杯準備中です!皆様のお越しを心よりお待ちしております。
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前半は残席わずか、 後半はまだ余裕があります。
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淡交フィルハーモニー&この灯を永遠に

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昨日は淡交フィルハーモニーの合唱練習にこっそり混ざりこんできました!

淡交フィルハーモニーは、両国高校出身者によるアマチュアオーケストラ。

7月23日に淡フィルの演奏会があり、その中で演奏されるシベリウス作曲のフィンランディアを歌うための合唱団です。

人数が足りないということで急遽参戦しました。なかなか都合がつかないのでぶっつけみたいになってしまいますが。

でも、普段ピアノの前に座って合唱を眺めているので笑
合唱の中に入るというのはとても新鮮で

やっぱり合唱やるならアルト!と思いました。
この、ハーモニーに内側から厚みをつけて支えてる感、たまらないです。

ソプラノもいいけど、合唱でソプラノ歌うとどうも発声がぶれて好きじゃない。



そして夜は「この灯を永遠に」の練習でした。

「この灯を永遠に」についての詳しいことはこちら

読んだ?読んでね!

昨日はこの話のもとになったお話に関するビデオを見ましたが、
主人公の山本達夫さんが原爆の灯を持ち帰ったときに、最初はこれでアメリカに復讐してやるんだ、この同じ火をいつかワシントンに落としてやる!って気持ちが強くて、
大事な人を奪った悲しみと怒りがいつまでも消えなくて、

その灯を平和の灯として伝え、どんなことがあっても戦争はいけないって言えるようになったのは、もう本当に晩年の頃になってやっと、だったのだとか。

そんな簡単に平和だなんて、そんな綺麗事みたいな言葉で片付けられるような生易しい体験じゃなかったのでしょう。

じっと火を見つめる山本達夫さんの顔も印象的でした。

曲の最後も平和への前向きな思いで締めくくられますが、
現実はじりじりとした恨みがいつまでも消えず、そこで長い間苦しんだであろう山本達夫さんの思いを心の底に置きながら、演奏に臨みたいな、と思いました。

※写真はイメージです


一人でも多くの方に聴いていただきたいです。また改めて詳細をお伝えします!

その前に、



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ハープ発表会

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昨日はハープの発表会でした!

といっても私は出ていませんが…笑
4月に始めたばかりなので、今日は見学。

しかも自分の練習で忙しいのでプログラムの一番最後の頃ホールに到着…笑

最後の講師演奏だけ聴けました…
もっと聴きたかったな…

超初心者の私自身は、ドレミファドレミファとかの基礎練したり
簡単な編曲でいろんな有名な曲弾いてみたりっていう感じなので

やっぱりその楽器を極めた人の卓逸したテクニックは、すごいな~と思いました。

私はあそこまで弾けるようになる日が来るかどうかわからないけど、
ピアノの次にがんばります!

自分は出演してないのにちゃっかり交流会に参加しちゃいましたが

ハープの方は予想以上ににぎやかで、
カルチャーショックでした。いい意味で笑




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ピアノという楽器の弱点

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私が最初に音楽に出会ったのは
ピアノとの出会いからでした。

ずっとピアノ一筋で、
でも長くやるうちに、上達はしても何かうまくいかない感じというのをずっと抱えていて、
ピアノに向き合えば向き合うほど
そのうまくいかない感じ、違和感は大きくなっていった。

そんなときに声楽を始めて、
ようやくそこからです。違和感が取れてたのは。


そして、違和感が取れてみて初めて、ようやくピアノという楽器の弱点を自覚したのです。


楽器の王様と言われるピアノ。



そう呼ばれる理由は、やはりなんでもできるから。

ソロOK伴奏OK
メロディを担当することもできるし
和音もいくらだって鳴らせるし
細かいパッセージだって弾けるし
音域もどんな楽器より広いし
2つ以上のメロディを同時に弾くことだってできる
大きい音から小さい音まで出て
オーケストラも再現可能

アコースティックの楽器で他にここまでスペックの高い楽器はないです。

ちなみに私が今趣味で始めたハープは楽器の女王と言われていて、これに近いレベルでスペックは高いですが、
それでもピアノで出来てもハープではできないことがたくさんあります。

ピアノを弾くだけで、音楽の全体像全てを眺められると言ってもいいです。

こんなピアノに弱点なんてあるのか!?と思ってしまいますが、
一歩ピアノではない角度から音楽を眺めてみると、とんでもない弱点があるのです。


それは、音を出したら、その音は減る一方だということ。
音楽的には、短い音符よりも長い音符の方が大事なことが多いです。
でも、音を伸ばせば伸ばすほど、その音は減っていく。

これが大体のピアノの弾きにくさの原因だと思うのです。

他の楽器や歌の人だったら、長い音符を気持ちよく響かせられるでしょう。伸ばしている間にクレッシェンドをかけたり、ふわーっと広げてみたり、音に動きをもたせるでしょう。

でもピアノは減る一方。。

しかも伸ばしている間に別の複雑な動きとかしてたら、完全に伸びてる音忘れて、複雑な方追いかけちゃうんですよ笑
これは私も未だによくやります。

音を出したら、その音は減る一方、というのは、
それだけ深刻な問題なのです。
もうそれだけで、音楽をするにはあまりにも不自然な境地にいるんです。

そんな中で、一生懸命楽譜に書いてある音だけを追ってしまったらそりゃ違和感も大きくなりますよ。

ピアノを知り尽くした作曲家だ…

音楽は仕事にする方が幸せ?趣味の方が幸せ?

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音楽は、
プロとして仕事で関わる方が幸せなのか
アマチュアとして趣味でやる方が幸せなのか



きっと、プロは
趣味の方が絶対いい!
と口を揃えて言うでしょう。

何故かというと、若いうちはほんと食ってけないからです。
お金の心配って結構深刻です。
そんな中で、音楽に対する情熱を保ち続けて研鑽を積んでいくのは並大抵ではない。

そんな時期を経て、食ってけるプロになっても、クラシックの音楽家は案外地味なものですから。決してきゃーきゃー言われるものではありませんから。
たまに超イケメンとか超美人の歌手だったらきゃーきゃー言われるかもしれないけどね笑


一方、趣味で音楽を続けている方は、本当に生き生きしていて、幸せそう。
演奏することが好き!というのが本当ににじみ出ていて、
プロの人間は、食ってくためにはるか昔に犠牲にした何かをアマチュアの人の中に見て、
羨望の眼差しを向けていたりします。

ただ好きなだけではダメで、
プレッシャーや厳しい現実に向き合わなければならない中で、
純粋な「好き」が歪みはじめるものです。

でも、羨望の眼差しを向けるのはアマチュアも同じ。自分がなかなかできないことをやってしまうプロの人間を見て、憧れを抱かないということはないですよね。

だからべつにどっちがどう、ということもないと思います。



でも私は、まずそもそも仕事と趣味の間にそこまで明らかな境界線はいらないと考えています。

遊ぶように仕事をして
ギャラの発生しない遊びも仕事のように真剣にやります。
その方がワクワクするからです。

私はそうやって音楽と付き合っています。
今後もそうやっていくつもりです。
仕事だからと特別に力んで神経質になることはないと思うのです。




ということで、
プロの方が幸せか?アマチュアの方が幸せか?

というのは、その人次第ですね…

私に限って言えば、他の職業はとてもできそうにないし、
仕事という名目でとことん大好きな音楽を深められて幸せです。
プロで良かったです!




7月8日は、こちら!
とことん深めて臨みます。応援よろしくお願いいたします!

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響きの魔法

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音楽には癒しの効果があるといいますが、

音は振動。空気の震え。



マッサージチェアとか肩もみ機をイメージするとわかりますが、
震えは、身体をやわらかくしますから、

だから癒しの効果がよく言われるのだと思います。

例えば自分で声を出したときに首や胸が震えたら、
そこがどんどん柔らかくなっていく。癒されていく。

さらにはその震えが腹の底にまで到達すると、感動になるのでしょう。

空気の震え
響き

音楽家はこのバイブレーションを自分で作り出します。
そのために日夜研究を重ねる。
歌だと身体が楽器なのでわかりやすいですが、
究極どの楽器でも響きの捉え方は同じ。


響きの場所は
眉間の奥
鼻からの空気の通り道

そこが、すーっとクリアで通っている感じ


そして他のどの身体の部位も、いつでも振動できる状態にしておきます。
いつでも振動できる状態、つまり
ぎゅっと止めていない状態。

脱力していれば、まるで波紋のように、自然に振動は広がっていきます。







7月8日、是非このバイブレーションを体感してください!
皆様が癒されますように、心からお待ちしております! お問い合わせは yuiiwasakiconcert@yahoo.co.jp まで♪
前半は残席わずか、
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自信をつけるためには

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以前、自信についてこんな記事を書きました。その中で、

「自信とは、

例えば私たちはものを落としたら下に落ちるということを知っているように、
頑張らなくてもうまくいっちゃうということを
当たり前に知っていることです。

シンプルにただそれだけ。
ただそれを知るまでに、
いろいろなことを経ないといけません。

いろいろなことは、それは人によって違うので、一言で言えませんが。

そのいろいろなことを経ることで、
頑張らなくてもうまくいくために何をすれば良いかがわかるようになって
その効率いい実践の仕方もわかってくる。」




と書いたのですが、
いろいろなことを経ないといけない、の
そのいろいろなことの中のひとつに

自分の嫌なところにとことん向き合う

ということも入っていると思います。


これが意外と、いやなものなんです。
誰も自分の嫌なところとか無様なところなんて見たくないから、無意識に無かったこととして処理してしまう。

しかしここぞ!というときに
無かったこととして処理したダメなとこが
ばっちり出てきてしまいます。

そして、ああやっぱりダメだ、と自信を無くす。



もう怖がらずにとことんそこに向き合うしかないんですね。

それに、短所はただ単に短所なのであって、
そこに対して落ち込むか落ち込まないかも自分で選べるのです。

そしてどちらにしたって
臭いものに蓋してもにおいは漏れますから。

このにおいはそうそう簡単には消えてくれないけど、
蓋して見ないふりするよりははるかに抑えられるし、

一生懸命向き合っていると、
案外まわりの人が応援してくれたりヒントをくれたりするものです。


そのうちにだんだん、処理の仕方がわるようになる。

処理の仕方さえわかればもう、におっても怖くない!
それが自信に繋がるのだと思います。









7月8日はこちら!


皆様のお越しを心よりお待ちしております!
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前半14:00の部は残席わずか
後半16:00の部はまだ余裕があります!


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お茶大ピアノ班OG会

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昨日はお茶大ピアノ班OGの弾き合い会に出させていただきました!

私はお茶大生ではありませんが、大学時代、友人がこのサークルに所属していて、私も一緒に所属させてもらったのでした。
ということで、私も立派なOG!

当時の同級生の友達は、1人を除いてほとんどOG会には出ていませんが、こちらのOG会はとっても熱心で、頻繁に弾き合い会をして、1年に一度はサロン会場でコンサートを開催しています。

皆さん他にお仕事をされながら、ピアノやヴァイオリンを続けられていて、本当にすごいな、と思います。

OGでない方や学生さんや他大学の方も参加していて、私を含め音楽の仕事をされている方や専門で勉強されてる方もいらっしゃり、皆さんとても上手です!

私もまだまだ発展途上なので、こちらでいろいろ挑戦させていただいています。

ピアノソロは本当に自分との孤独な闘いなので、こういった和やかに発表できる場はとっても貴重なのです。

今年の10月8日は、年一度のサロンコンサートです。詳細が決まりましたらまたお知らせします!


その前にまずはこちら!
7月8日はこちらにお越しください!前半はお席が埋まりつつあります。

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なぜ体幹を意識することが大事なの?

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体幹やインナーマッスルが大事だとよく言われますが、今日はその理由をパフォーマンスする視点から書いてみたいと思います。



体幹、つまり身体の中心部は、全ての動きの源です。
ここから全ての動きが起こるということ。

例えば、あなたが、長めの棒を持っているとイメージしてみてください。
棒を持った手を、左に数㎝ほど傾けたら、棒の先端は左に数十㎝は動くでしょう。

つまり、動きが始まる場所(ここでは棒を持った手元)でのわずかな動きが、先端では大きな変化となって表れるということ。

または矢を放つときも
手元が数㎜狂っただけで、矢が的に到着する頃には大きな誤差が出てしまっているでしょう。

それと同じで、体幹の微妙なずれが、身体の先端の動きに大きく影響するのです。

ピアノを弾くときにたくさん使うのは腕ですが、腕の動きの始まりは肩甲骨のあたり。
肩甲骨が上下左右数㎝動くだけで、腕全体の動きはとても大きなものになります。

なので大事なのは、体幹に近い部分が、どの方向を向いているかということ。
そこから先端へ繋がってる感じ。
または先端からの刺激が体幹に戻ってきている感じ。

よくありがちなのが、体幹手前で流れを止めてしまって、そこから先っぽだけで動きを起こしてしまうこと。
腕で言えば、肩から先だけとか、肘から先だけとか。

これを繰り返してしまうと、やればやるほど違和感が増えてきてしまいます。

以前こちらにも書きましたが、
体幹ではなく表面の筋肉を使うことに慣れすぎてしまうんですね。

なので、いつも、まず身体の中心部の微妙な動きや方向性を感じてあげられるとベスト。

その微妙な動きから、目的の動きへと繋げていきます。



7月8日はこちら!
皆様のお越しを心よりお待ちしております。 お問い合わせは yuiiwasakiconcert@yahoo.co.jp まで♪


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ディズニー再発掘③

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ディズニー映画を観てみようシリーズ。

・ライオンキング

プリンセス系が続いたので今度はキング系で。
アフリカの砂漠やジャングル感溢れる映像と音楽が良かった!

でも、話の大筋は今までと似た感じ笑

悪人に追われて別の地で成長して、
大人になって元の場所に帰って悪人を追い払ってめでたしめでたし

白雪姫とか眠りの森の美女と同じだ!

同じなんだけど、やっぱりこうゆう筋ってわかりきっててもおもしろい。
水戸黄門と一緒ですね!

ちなみにライオンキングは劇団四季の公演を高校の芸術鑑賞教室で見に行ったことがあります。

話の筋はあんまり覚えてなかったけど、さすがにすごい舞台だったのは覚えています!

・ズートピア
ずっと抵抗のあったCGにも大分慣れてきました💦

これは人種差別とか、人種の垣根を越えてお互いを理解しあってっていうメッセージが感じられてとても良かったです!

細かいところまで本筋にちゃんと繋がってて、さすがに昔からあるストーリーよりも練られてるなぁと思いました。


・ピノキオ

これはかわいい~!

あとピノキオが動き出して大きな物音を出しちゃったときに、おじいさんが驚いて泥棒かどうか確かめるシーンがね、
ろうそく持ってる手が震えすぎてて良かった笑

細かいところにキャラクターの持ち味や可愛らしさが描かれていて、さすがだなぁと思いました。

話の筋はシンプルでも、こうゆうところにアニメーションのなんとも言えない魅力って出ますね。


ディズニー作品は数がものすごいので、また時間をかけて開拓してみようと思います!


そして、おうちで映画も良いけど、せっかく気候もよくなってきましたので、

7月8日は是非こちらにお出掛けください!
皆様に少しでも元気になっていただけるよう、頑張ります!
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人に教えるということは実は簡単なことじゃない

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私ね、昔思ってたんですよ。


音楽家ヒエラルキーのうち、
そのピラミッドの頂点にいるのが
「演奏だけで食べていける音楽家」

下にさがるにつれ演奏の割合が減って
一番下が、
「全く演奏はしないで教えることだけをしている音楽家」

こうゆうイメージ、意外と多くの方が持っているのではないでしょうか。



確かに間違っているわけではないと思います。
音楽家は演奏ができなきゃね!
演奏が出来れば出来るほど、音楽家として優れている!

ほんとそうなんだけど、

でも、教える仕事に回っている音楽家が、比較して劣っているというのは違います。
一般の方にはなかなか理解しにくい部分かもしれないけど。

教えるにはまず自分がある程度演奏できることが前提ですが、
そこで終われないのが教える人間。
プラスアルファ、それを人に伝えなければならない。
しかも、どの要素をどんな風に伝えるかは、相手によって全然違う。

ただ演奏出来るだけではなくて、
なにをどうしたらうまくいくか、はっきりと手順がわかってないと無理なんです。

仮に自分が簡単に出来ることでも、それを分解して手順を一個ずつ見直せる人でなければ無理。

なんかできちゃった~というだけでは、演奏できても教えるのは難しいと思います。
逆に教えることはできても、人前で演奏はちょっと…という方もいるでしょう。

つまり最初に書いたヒエラルキーは成立するかどうか怪しい!( ̄ー ̄)

むしろ逆に…

良い演奏家は、良い指導者がいれば今後いくらでも増えるでしょう。アマチュアの方だっていくらでも良い演奏家になれるでしょう。

でも良い指導者は、演奏できること+αいろんなものが必要です。本当に多岐にわたるいろんなものが必要です。

もしかしたら演奏するより教える方が難しい…より多くの能力を問われるのかもしれません。








7月8日、是非こちらのコンサートにお越しください! 一生懸命準備しております(*^^*)

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ゆだねる

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ゆだねるということ

これが、簡単なようでなかなか難しいな、と思います。


つい、自分の力でやらなければ、と思ってしまっていないだろうか。

演奏するときも、全てを自分がやらなきゃ、ではなく、
私たちの身体はもうすでに今の状態で完璧で、
動きかたを知っている。
自分がいちいち指示を出さなくたって、勝手に動いてくれるんだ。

そこにゆだねてしまおう。


こなさなければならないタスクが山積みのときも、どんどんまわりに助けてもらっていい、ゆだねてしまうんだ。きっと完璧に動いてくれるだろう。


自分の身体にゆだねる。
まわりの人にゆだねる。
地球の重力にゆだねる。
宇宙の動きにゆだねる。


むしろこれに逆らって、たったひとり自分の力で踏ん張る方がよっぽど大変だよね。

本当は、全ての条件はもうすでに整っていて、
あとはスッと、力を抜いて
信頼してゆだねるだけなんだ。

そしたらあんなに大変だったことがとても楽になって
まるで川に流されるようにするすると流れ出して
気づいたら楽して目的地に到着してしまっているはずです♪






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休符という至福

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休符


楽譜ではその部分はお休み、音が無いことを表しています。


ずっと音が鳴ってたところにぽこっと休符が入ったりすると、
演奏者としてはけっこうオイシかったりします。

なぜかというと、

お客さんが何百人いようが何千人いようが、

この一瞬の間、そのすべての集中が、しかも精度の強い静かな集中が、一点に注がれるのです。

音が無いのに、あるときよりも集中の精度が高くなる。不思議ですよね。

それを1曲まるまる実践しちゃったのが、
ジョン・ケージの「4分33秒」という曲ですが…笑

※この曲は、ジョンケージという作曲家が作曲した作品で、演奏者は4分33秒間音を出さないでただ座っているだけ、という作品です。
一応3楽章構成らしい…!
各楽章の長さも演奏者に一任されているそうです。

これを演奏する勇気はないですけど笑

でもケージがこれを作曲したきっかけとなった逸話には共感。

ケージが無音の状態を経験したくて、無響室に入ったとき、実際には2つの音がしたそうです。
高い音と低い音。

高い音は自分の神経系の音で
低い音は自分の血液が流れる音

音のない世界を体験したかったのに、
それでもなお音があることに感動したのだそう。


音をシャットアウトする、音を止めることで
それまで陰に隠れて聞こえなかった微細な音が聴こえるようになる。

それが精度の高い集中、ということなのでしょうね。



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身体体験を言葉にすること

私の卒業した楽理科は、音楽を言葉で言い表し理屈で説明する学科です。

音楽を、と言っても色々で、音楽史、音楽理論、音楽美学、など、音楽を見るにも色々な観点があるのです。

で、楽理科失格なこと言ってしまうのですが…
正直在学中、音楽を言葉で説明するって、どうなの?
って思っていました。


音楽史や音楽理論とかならわかるのですが、

私が昔から興味があったのは、
身体に関すること。
微妙な身体感覚や、身体体験こそが音楽の姿だと思っていたから。
無理やりこじつければ音楽美学の範疇にはいりそうだけど、でもちょっと違うような。

これは言葉で的確に説明するのはなかなか難しいのです。
そんな難しい言葉で延々と説明するものではなくて、
でも「こんな感じ」じゃあまりにも言葉としてありきたりすぎて。


実際に感じた身体感覚と、それを表現した言葉とでは、もう別物になってしまうのです。

例えば
「トマトがおいしかった」という言葉は、
実際に食べたときのみずみずしさ、酸味、甘味の体験そのものを、どれだけ表すだろう?

身体感覚は、感じた人だけのもの。
どんなに言葉を尽くしても、それそのものは表現できない。

だから、音楽を言葉で説明するってどうなの?
というわけです。


でも今は、そこまで否定的ではありません。

あえてそれをやってみる、というのもいいもんだな、と思います。
なにより自分にとって、曖昧だった身体体験のイメージが具体的になるから。

そして、例えその体験そのものを表現することはできなくても、ゼロではないということ。100にもならないけどね。もしかしたら伝わる人には伝わるかもしれないのです。

微妙な身体体験も、言葉のチョイスによってはきっと100に近い表現もできるかもしれません。




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硬さと柔らかさ

硬いものを表現することの難しさ。

表現したいものが、硬いもの、乾いたもの、鋭いもの、無機質なものだったりすると、

身体までその影響を受けてしまったりする。

この状態ってけっこう気持ち悪いんですよね💦

身体って、やっぱりやわらかくて、潤いがあって、広がりがあって、有機的なものだから。

表現したいものがどんな質であれ、
この前提は変わらないのだと思います。

身体自体がそれに染まってしまったら、
それは表現ではなくなってしまうから。


硬いもの、乾いたものを表現するときも、
身体の中は柔らかい、潤っている

ここがないと、表現に必要な動きまでできなくなってしまいます。


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ナルシストであること、ストイックであること

ナルシストであること
ストイックであること


この2つは
演奏者にとってとても大事な能力です。

両輪で、セットで大事なので、どちらか一方だけあってもだめ。


ストイックであること

ちゃんと練習できること
どんなに無理に思えてもひとつずつ積み重ねて
もくもくと努力できること

練習は自分との孤独な闘いですからね。

でもそれができてもね、
ナルシストじゃないと本番でそれを発揮出来ないのです。

ナルシストを検索してみると、
大体ネガティブな意味で載っている。
私たちも結構悪口みたいな感じで使っていますよね。

自己陶酔とか自己愛という意味ですが、
別にカッコつけたり気取るのではなく、

私のイメージでは、

本番中は何があっても自分を肯定すること

舞台上では、
例えハプニングであったとしても、

その場において一番最高のことしか起こらない
のです。


なぜって?




この私が舞台に立つのだから!



ほほほ、ナルシストでしょう?✨✨✨



でもね、練習ではこれと逆の作業もしています。

ありとあらゆる失敗の可能性のある部分を見つける。
できていない部分を取り出して何度も試行錯誤する。
どんなに最悪なことが起きても最低限絶対大丈夫な状態にしておく。

これやらないでナルシストだけ出しても、
怪我するだけなんですよ(^^)


ある意味真逆のことを、その都度切り替えて
その時必要な方を意識の上に取り出して使っていく。

多くの人に向けて何かを発信する、表現をするということは、
そうゆう作業を伴うものなんだと思います。




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岩井合宿

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昨日から合唱団の合宿で、
千葉県・岩井に来ています。

私は昨日は、越谷での仕事を終えてから途中参戦!
12月17日の団のコンサートに向けて一生懸命練習しております!

こちらの「川きん」さんという民宿は、グランドピアノもあって、海も近くて、お料理も本当においしくて、何より主さんのあたたかい心遣いをたくさん感じて、とても癒されます。


昨日は着いてからバタバタだったので、前に来たときの写真を♪







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シェークスピアシアター「お気に召すまま」

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昨年リサイタルの司会と朗読をしてくれた鷹野梨恵子ちゃんの活躍を見に、俳優座へ!
シェークスピアシアター「お気に召すまま」を見てきました!

梨恵子ちゃんはロザリンドという大役を好演(^^)✨


前回「間違いの喜劇」で初めてシェークスピアを生で鑑賞して、そのセリフの多さにまずびっくり。

古典劇なのでセリフまわしは詩的で古めかしくて

これだけのセリフ、どうやって覚えるんだろう?


私たちがどんなに音が多くても全部を覚え込んで舞台に立つときと同じなんだろうか?

私たちも何回練習しても、いざ本番となると、間違えないか、止まらないか、つっかえないかと不安になるもの。
でもその不安をお客さんに感じさせてしまったら、せっかく覚え込んだその音たちが持っているキャラクターが空虚なものになってしまう。

梨恵子ちゃんは以前、シェークスピアシアターではセリフを音楽のように捉えて芝居作りをしていると言っていました。

今回見ていて、とてもその感覚がわかって、どんなに長いセリフも、古めかしい難しいセリフも、一定のテンポの中で流れているように感じました。

このね、決めたテンポの中に入れていくって、本当に難しいと思います。

一瞬でも気を抜くと、その流れから取り残されてしまうんだから。

そんな激流の中で、決して自分を見失わず、生きた言葉を流し続けていく。

そんな風に私には見えて、全員がその流れに必死に食らいついている、その熱に圧倒され、私も必死で食らいついて舞台を見ていました。
とても心地よい集中した時間。


これを立派にやり遂げている梨恵子ちゃんはすごい!と思いました。
+α、バレエで鍛えぬかれた身体の所作が美しかった!

ますますのご活躍を期待しています❤❤





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不安と心配

何か心配ごとでもある?


と、月1回身体のメンテナンスの意味で通っている、
アレクサンダーテクニークの先生に言われた。


心配ごと?
特にないんだけどなぁ。

先生は手で触れるだけで、生徒さんの身体の状態、そこから想いの状態を感知してしまう。


心配ごとがある時って、きゅっと身体が縮こまって、流れが止まってる感じになるんですよね。

でもそういえば、なんかチリチリする感じ、あったなぁ。
安心、と真逆のこの感じ。
やる気出そうと思ってもなかなか出てくれなくて。


そういえば私、ここ最近、つい考えちゃうこと、あった…!

悩んでます、とか、不安で不安でたまらないんです
ってほどじゃないから全然気づかなかったけど


あは、私こんなこと心配してたんだ。


本当に、ちょっとしたことで身体ってこんなに重くなるのね。

そんなときこそ、ゆっくりと時間をかけて、自分の身体に意識を戻してあげたいですね。




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努力したらした分だけ…それって本当?

努力したらした分だけ
頑張ったら頑張った分だけ

成長できる
うまくなる

これはもう私が小さい頃から教えられてきたことだった。

誰に、というのではなく、
学校でも家でもその他の場所でも、
それが常識だった。

もちろんそれは正しいことで、
やったらやった分だけ成果となって返ってくる。

これは私も体験済みの実証済みです。
間違いありません。


でも、世の中には必ずいる。
努力しないでもできてしまう人間が😱

そうゆう人間を、「天才」とか「才能のある人」「センスのある人」と呼んでひとくくりにし、
根本的な構造そのものが自分とは違うのだから、
あの人たちは特別、
でも自分は頑張って頑張ってやっとあの人たちの半分くらいにならなれるのだ

頑張れば頑張った分だけ成果が出ると言っても、
あの人と比較したら全然自分なんて大したことないんだ

と信じこんでしまう。

そして場合によっては
こんなに頑張っているのに…
と、嫉妬やひがみに繋がるかもしれない。



確かに。


天才は確かに特別です。
努力だけではどうにもならない次元にいます。

でも、その次元には必ずからくりがある。
根本的な構造が違う、というのなら、
その根本的に違う構造とやらを理解して実践してしまえば、誰でも天才になれるんじゃないか?

というのが今の私の考え、というか、仮説です。

天才の構造はね、
確かに一般の人間とは少し違う構造をしています。

違うシステムで動いていると言いますか、
でもその違うシステムを理解して自分自身で実践する、というのは、場合によっては結構思い切りが必要なんですよね。

なぜかというと、天才システムの一番の特徴はおそらく

自分の世界が強烈にある
ということだから。


これを実践しちゃったら

周りから浮きますよ~
場合によっては笑われるかもね☆

そうなると困るから、みんなこのシステムを採用しないんですよね。。

自分の世界を強烈に持つ
自分の感覚を大事にする


これはね、別にわがまま放題好き勝手に生きろというわけではないですよ。

ちゃんとしっかり頑張ります。
周りのために動くことだってあります。
周りに気を使って動きます。

でもそれは自分がそうしたいからするのであって、
自分の世界が大事だからそうするのであって、

したくもないのに、常識的にしといた方がいいよなぁ的な我慢で動くこととは違います。

例えばピアノの練習をすると…

講義というものをしてみて

シリーズものの連続の講義を今回初体験しましたが、

講義にも、いろいろな形があるなぁと思います。
レクチャー、セミナー、授業、ワークショップ。いろいろな言い方がありますが、

例えば自動車教習所の授業や、学校の試験や受験のための授業だったら、
楽しむことよりも、必要な情報をもれなくしっかり理解してもらう、という目的で行われる。


私が体験した今回の講義は、クラシック鑑賞をテーマにしているし、試験とかも関係ないので、
楽しんでもらうこと、体験してもらうこと、今まで知らなかった知識に感動してもらうこと

と、しっかり情報を伝えることに加えてエンターテイメント性が求められる。

人前で喋ることに範囲を広げたら、トークショーや漫才なども入るけど、


ほんとにね、お笑い芸人さんとか、すごいなぁって思います。


私にはああゆう、その場にいる人をぐっと巻き込むような話術はないけど、
でも1回の講義につき最低でも1回は笑いが起こったので、よかったのかな笑


きっと、もっとうまく喋る人は喋るんだろうな。

伝えたい内容ももっと濃く伝わったかもしれない。
もっと笑わせながら、雰囲気をやわらかくできたかもしれない。

こうゆう絶妙なセンスは、回数を重ねないと磨かれないな、と感じます。


やっぱり私は話すより弾く方が楽だなぁ~
でもまた機会があったら、挑戦してみたいかも…(^^)



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葛飾区シルバーカレッジ第4回目講義終了!

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葛飾区シルバーカレッジでの4回シリーズの講義、最終回が昨日終わりました!

最初は4回も…!って思ったけど、やってみると以外とどうにかなりました(^^;

4回目は、音楽史をざっと振り返りながら、各時代の作曲家の名曲を聴き比べていく、という内容でした。

中世から現代まで、グレゴリオ聖歌からジョン・ケージまでの流れを紹介しました。

キリスト教から発展し、形式美を重んじる音楽からだんだん人間の感情を表現する音楽、風景や色や光など漠然としたものを表現する音楽へ発展し、だんだんと自由度が増して最終的には調性の崩壊へ。


クラシック音楽は、もとはキリスト教の典礼のための音楽から発展したもの。
神聖な場での音楽から始まったんですね。
楽譜中心主義や、細かい決まりごとも、ここに由来するのではないかと思います。
神様のための音楽で間違ったことやてきとーなことやられたら困りますもんね。


でも時代が進むにつれ、神様に向けられていた意識はだんだん人間の内面に向けられるようになり、
それまで重んじられていた形式やルールよりも聴いた感じの雰囲気が優先されるようになってきます。

このちょうどロマン派あたりは、私たちにとっても一番聴きやすいですよね。

その後さらにルールは崩壊し、自由度が増していく。
現代音楽での崩壊の仕方は自然発生的というよりむしろそれまでのものに対する抵抗というか、全然違うことしてやるぜ!みたいな意地のようにも感じますが…。


今回、この4回の講義をするにあたって、
私自身も準備する中で勉強して改めて知ったこともあり、

またそれを誰にでも分かりやすく伝えるという点や、
長い時間でも楽しんでもらえるようにと
いろいろなことを考えさせられ、

とても貴重な体験をさせていただきました。
人前で喋るのにも少し慣れましたよ!

また機会があったら是非やらせていただきたいな、と思いました(^^)


恒例、今日の勝負服♪





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聖☆おにいさん

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今、聖(セイント)☆おにいさんという漫画を読んでいます。



高校時代や大学時代に友達がはまってたのを、わりと興味なさげに見ていたのですが…

これおもしろい!
中毒になるレベルで危ないです。

内容は、ブッダとキリストが立川でアパートをシェアし、下界でバカンスを過ごすというお話。

あれだけの神様なのに、下界の街中とかに妙にマッチしていて…

とにかく1ページごとに笑う感じです。
この人たちが喋ってるだけでおもしろいというか。

でもこんなにブッダとキリストをネタにして、実際の敬虔な信者さんとか怒らないのかなぁ…笑

と思いつつ、

神様がこんなにこだわらないタイプで、
暇して楽しそうに過ごしてたら…
世の中平和だよなぁ、とも思う。
宗教戦争とか絶対起こらないよね。


あと、キリストは聖書を少し読んだのである程度わかるのですが、ブッダの生涯とかは全然知らなかったので、それもおもしろい。

聖書は新約聖書はサクサク読めたけど、旧約の途中から挫折しましたね、長すぎて…

漫画ではいろいろ脚色されまくってるけど、キリスト教や仏教のちょっとしたこと知れるのでおもしろいです。

たまにコアなネタが混ざっててよくわからないところもあるけど笑


オススメです!(^^ゞ




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ひとつのことを続けるって大変なんだな

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ピアノひとつ例にとってみても、

子どものころ始めて、今もまだ続けてる人ってどれくらいいるんだろう?



大体の人は中学高校の、進路というものがチラチラ見え始めた時期にやめてしまう。

大人になっても続けられている人の方が、数%なんじゃないかな?

音大を卒業しても全く音楽から遠ざかっていく人も多い。
プロでもずっと同じモチベーションを保ち続けるというのは簡単なことではないです。


私もモチベーションが崩れ落ちるときはたまにあります。
そうゆうときがあっても続けていられるのは、必要としていただけているから。
私がサボることで周りに支障が出るから。

今激しくやる気ないけど、これやっておかないと周りに迷惑かかるしな~みたいな(^^;


やる気あるときはそんなの関係なく、自分の内側から湧き出るモチベーションで突っ走れるんですけどね。
こうゆうのはできるだけ大事にしていきたいな。
必要とされているという義務感だけになってしまうと、形骸化してしまうから。





浅田真央ちゃんも宮里藍さんも、引退しちゃいましたしね。

スポーツは特に、勝敗が結果としてはっきりと数字で表されてしまうから、本当にシビアですよね…。

精神的にも身体的にも極限の状態を保ち続けるって本当に簡単なことではないです。

でも、大変だけど夢中になれて楽しいので、
私は出来る限り、続けていきたいです!(^^)




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年を取れば取るほど過去が大事になるのかな

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やっぱりね、苦労して積み上げてきたものって大事ですよね。


私だって大事です。
今こうやって音楽できるのだって、中学高校大学のいわゆる青春と呼ばれる時代を全て音楽のために費やして、もくもくと積み上げてきたからこそ。




こういった技術に限らず、
人との繋がりの広さ
人との関係の深さ
一生懸命ためてきたお金

こういった、長い時間をかけて構築してきたものは、やっぱり何にも変えられない、とても大事なものだと思うのです。

そして、年齢が上がれば上がるほど、積み重ねてきたものも多くなってくる。さらに大事なものになっていく。
それが執着に変わっていく。

でも、いつかは、それが消えるときが来ると思うのです。
突然消えてなくなってしまうのか、じわりじわり減っていくのか、それはわからないけれど、
積み上げた以上、それが崩されるときは必ず来る。


それを受け入れるのって、きっと簡単なことじゃないんだろうな。なにせ、長い長い時間をかけて積み上げたものなんだから。

でも、時間の流れには逆らえない。この変化には逆らえない。
逆らったところで、消えないようにすることもできなければ、減るのを止めることもできないんだから。


このときに過去を見るのではなくて
過去いかに大変な思いをしてこれを積み上げてきたかではなくて、

純粋に今だけを見れたらどんなに楽になるだろう。
過去と比べてどう、ではなく、今ちゃんと手元にあるものに目を向けられたらどんなに素敵だろう。

生きている限り手元がゼロになることなんてないのだから。

本当の本当は、年齢なんか関係ないと思うのです。
何歳からだって再出発できる。

でも、長く積み上げられた強大な過去が、強い引力を放って
意識は今から過去に引きずり込まれてしまう。


だから、さらに強い引力で、今に集中しよう

年齢が上がれば上がるほど、さらに強く今に集中しよう

昔に比べて今がたいしたことなくても

それでも今が一番最高のときなんだ!
ってね(*^^*)



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背骨と首

あーまた最近忘れてた~!

背骨と首!



これ、もう本当だいじ!

パフォーマンスする上で、一番意識したいのが、これです。
背骨と、その上に乗っている頭・首の自由さ。

ここをちゃんと意識できると、大体の細かいうまくいかないポイントは解決すると思います。

特にピアノは、前方下の方に鍵盤があるので、目線と一緒に頭と首の位置が前に落ちがち。

こうなってしまうと軸がはっきりしなくなり、強い衝撃に対しての抵抗力がなくなってしまいます。

例えば強い音を出したとき。
軸がしっかりしてればその衝撃を吸収してくれますが、
軸が弱いとその衝撃がダメージとなってどこかしらに溜まってしまう。

意識すると良いいろんなポイントがありますが、アレクサンダーテクニークでも背骨と首の辺りのことはまず最初に出てくるくらい大事なポイント。

ここを無視して細かいところにばかり目をやってしまうと、
幹のない枝のごとく、どんどん形骸化してしまう。


意識しては忘れ、また意識しては忘れの繰り返しです(^^ゞ



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誰にでも訪れる停滞期

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何かするとき

それは仕事であっても勉強であっても趣味であっても、何でもそうなのですが、


必ず飽きてくる時期があります。


物事を始めたてのときは、真新しいし、今後の期待も膨らむし、少しやればすぐに成果が出るので、楽しいです。
それか、必死にやっていて飽きる暇などないってこともあります。

でもだんだん、余裕でできるようになると同時に、少しやったくらいではなかなか先に進めなくなってくる。

いわゆる停滞期、閑散期というものです。


つまらないですから、ここで嫌になる人も出てきます。やめてしまう人も出てくるでしょう。

続けるというだけでもいろいろなコストがかかりますから(金銭面だけではなく、時間やエネルギーも含めて)コストをかけるわりに成果が出なかったら確かにやめようと思っても仕方ない。


ここで続けるか?それともやめるか?は大きな分かれ道になってきます。

どちらを選ぶか。

これは他の誰かの言葉よりも、
自分の直感に頼るしかないのかもしれません。


停滞期のまま芽が出ないってことだって十分ありえます。そんなことにコストをかけるよりは、他のことに使った方がいいに決まってる。


でもある日ぱっと芽が出てぶわーっと花開くかもしれない。
そうなってみてはじめて、あのときやめないで続けていて良かった~と思えるんですよね。



それか例え芽が出なくても、とりあえずただ続けるだけで何かしらのメリットがあるなら続けた方がいいかもしれない。


どの未来がしっくりくるだろうか。
停滞期は、こんなこと続けても意味ないんじゃないかって方向に思考が偏りやすいけど、

それをきっかけにやめるも良しだけど、

もし続けることを選んだのなら、
ここが頑張りどころ!かもしれませんね。





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